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プロフィール
1964年 3月22日葛飾日赤病院で金子家長男として生まれる.父 隆司 母 きちの
1968年 志津幼稚園のピアノ教室にて「楽器」という音の出る「おもちゃ」に遭遇. 親にねだって買わせたが.間もなく間もなくヒステリックな先生が嫌でピアノ教室をやめる。ちなみに「黄色のバイエル」を卒業できなかった。
1973年 新任の音楽教師が井野小学校にやってきた.当時小学5年生。まさに音楽にのめり込むきっかけとなった「平井出」先生に.ギターやトランペットを習い始める。
1975年 志津中学校に入学.間もなく水泳部に入部.幸い練習は嫌いだがバンドに熱中していたごきげんな.部活の先輩の影響でビートルズにのめり込む。 ベースギターを購入(グレコ社リッケンバッカーモデル).さっそく同じ水泳部の仲間とバンドを結成。初演奏はビートルズのAll My LavingとBarthday。
あの感触は忘れられない....(本人談)
1977年 予選会で初ライブを経験。超幻のバンド「アップル」最初で最後の演奏となる。演奏終了後むちゃくちゃ感激したメンバー全員ステージ上で抱擁。
この感触が忘れられなくて....(本人談)
1978年 高校入学.担任の杉山丈介先生の勧めでサックスを手にする.ブラスバンド部入部,かたわらロックバンド活動を続ける
1981年 大学にも行かず一日中江戸川の河川敷でサックスを練習する日々が続く
1982年 セッションをくりかえす.家にも帰らずほとんど東京の仲間の家を泊まり歩く.いろいろなバンドに参加する中.友達にさそわれ日大リズムソサエティービッグバンドの練習を見学.あまりのサウンドのかっこ良さとトランペットの音のデカさにノックアウトされ.即参加。それまで全く興味なかったジャズやラテンのスバラシさにふれる。
同時期ソウルディスコミュージックをホーンセクションのバンドを始める。
1984年 この年、大きな3つの出会いがある。
米米CULB鹿名館3DAYSの3日めにホーンセクション「ストリートファイターズ」として参加。同年オルケスタ・デ・ラ・ルスのクロコダイルでのライブに参加。
やはり同じ年「絶倫体」なるバンドと自己のバンド「7th Unit」がライブハウスTake off 7にて対バンになる。そして意気投実質的に2つのバンドは1つになり、「ネットワーク」となるが、当時TMネットワークなるバンドが売れはじめ、紛らわしいので改名しようとミーティング(飲み会)を開いた際、「ハートチップル」というスナック菓子にしびれ安易に「ハートチップル」なる、その後プロレス好きのリーダー石川修一の鶴の一声で「ケーフェイ」となる。「ケーフェイ」は今も活動 中。

1985年 ホーンセクション.「ストリートファイターズ」が「ビックホーンズ」となる。(当時泉谷しげるさんのホーンセクションが同名だったため改名したと思い込んでいたところ、最近泉谷さんに聞いたところそんな名前じゃなかったぞと言われ唖然。
1986年 初のメジャーレーベルでの録音を経験。米米CULUB12インチシングル『加油』。当時あこがれのレコーディングスタジオ今は無き六本木ソニー通称「六ソ」での録音。(ちなみに山下達郎さんのアルバム「For You」や大滝詠一さん等が使っていたスタジオ。数々の名盤が録音された場所である。)続いてアルバム『E・B・I・S・U』この頃米米クラブに正式加入.以後解散までの全アルバム.シングル.ツアーに参加
1987年 アルバム『KOMEGUNI』のレコーディングのためロスアンジェルスへ。 ビックホ-ンズビ-幻の自主制作ミニアルバム『COLEGA』(アルバム、シングルCD)を製作。このシングルCDは日本で初めてのシングルCDプレスとなる。インディーレーベル「ボーン・サイ・レコード」ならではのこだわりは誰もやらない所に目をつけ常に周りより「ハヤイ」事。
1988年 アルバム『GO FUNNK』
1989年 アルバム『5・1/2』
1990年 アルバム『米米CLUB』
Big Horns Bee BBキングとのセッションライヴ「BBキング&ヒズ.サンズ」に参加、むちゃくちゃ感激、終了後の飲みの席で わかばが「何かいっしょに演ったって言うかさ、一番特等席で見たって感じ.....」って言ったのがきっと皆の気持ち。その内容は同名アルバム『BBキング&ヒズ.サンズ』にて甦る。
1991年 この頃から特にレコーディングに入り込み始める。プライベートスタジオを持つ。TUCKER STUDIO曲作り、デモテープ等に多くの時間を費やす。 ホーンセクションBig Horns Bee念願の1stアルバム『BHB1』を発表。 同年アルバム『K2C』
1992年 Big Horns Bee「BHB1」ツアー敢行その他イベント多数参加。なかでもクラブクワトロのイベント対バンとなったフランスのシンガー、リアーヌ・フォリィーに気に入られ、ワールドツアーに一緒に行こうと誘われるが、スケジュールの関係で断念。 米米CLUBこの年ドラマの主題歌「君がいるだけで」が大ブレイク、 アルバム『オクターブ』『聖米夜』
1992年 アルバム『ファイ』
1993年 Big Horns Bee2ndアルバム『BHB2』を発表。「BHB2」ツアー敢行。 同年米米CULB『ファイ』
FM大坂にてBig Horns Beeがメインパーソナリティーをつとめる 「JRA・EasyMusic講座」始まる。
1994年 プライベートスタジオ移転 2代めTUCKER STUDIO Big Horns Bee3ndアルバム『BHB3』を発表。同タイトルツアーを行ない、『BHB3ツアー』をレーザーディスク&VTRで発表。
米米CULBアルバム『5・1/2』
同年アルバム『Meets HaTi』を自主制作。Art Shop「HaTi」イメージの.ヒーリングサウンド。
同年秋、念願の夢であった映画音楽をプロデュース。
日本アカデミー音楽賞を受賞。石井竜也監督「河童」同名サウンドトラック『河童』を発表。
1995年 アルバム『DECADE』
1996年 Big Horns Bee [Funk Love] Tour
初のシングル『Dead or Alive』続いて4thアルバム『For You』
ともさかりえのシングル『どっちでもIN』を“さかともえりwith Big Horns Bee”として参加、アレンジを手がける。
年末には『ともさかりえVSさかともえり』クリスマスライブをサウンドプロデュース。
1997年 米米CLUB解散。ラストアルバム『プッシュドライス』サウンドプロデュース。
同年夏、米倉利紀withビックホーンズビーをプロデュース.シングル『Yes,IDo』を発表。
P-Funkの稀才.バーニーウォーレルとのライヴセッション。『.バーニーウォーレル&Woo Woriars.フューチャリングBIG HORNS BEE』を行なう。
カンガルーポケッツ『ポケットパーク』プロデュース。
秋、杏里ツアーにBig Horns Beeとして参加
1998年 石井竜也「DRAG-ON」ツアー参加。
3月、さかともえりライヴアルバム『ともさかりえVSさかともえり』サウンドプロデュース
シティーボーイズライブ『真空報告官-P』にて舞台音楽を担当。
PAS DE DUEXのシングル「風に吹かれてどこか連れてってって感じ」
石井竜也夏のイベント「サアカス少年団」参加
ドミンドス MAXI SINGLEをサウンドプロデュース。PAS DE DUEXのシングル「やさしい風」
12月、かねてよりプランニング中だった新しい音楽の“形”『FUZZ JAZZ』をBig Horns Beeをfeaturingして、ライブを行う。
1999年 「PAS DE DUEXのシングルダイナマイトカウントダウン」プロデュース。
レーベル『フラッシュライトレコード』設立。同時に『ゴールデンキッズファンクラブ』を募集。 2月にレーベル第一段、MINAKO「アンソロジー」を通販、ライブ会場の「手売り」のみで発表。 3月、ドミンゴスのアルバム『栄光への脱出』をサウンドプロデュース。 6月にレーベル第二段、Fuzz Jazz Quartet featuring Big Horns Bee「HEAD ROOM」を発表。
同月、全国6ケ所ツア-を敢行。Fuzz Jazz Quartet featuring Big Horns BeeゲストMINAKO、総勢11人。楽日リキッドルームはゲストにドミンドスを迎え、ステージ上には15名ものミュージシャンが集結。
7月、石井竜也プロデュース鈴鹿8耐、前夜祭にFuzz Jazz Quartet featuring Big Horns Beeとして参加。
7/23 MINAKO『アンソロジー』一般 CDshopにて流通開始。
7/31 メイホウJAZZ FESSにてREAL BLOODのALBUM手売り開始。
8/11 米倉利紀MAXI SINGLE「GOOD TIME」ARRANGEMENT
8/23 X-GUNライブ「STAY OR GO」SOUND PRODUCE
9/3〜9/11斎藤NOBUプレゼンススペシャルフュージョンセッションツアーに参加。 9/12 ファンクラブ限定ライブ「中州JAZZの夕べ」を博多TROMBONE CLUB にて行う。 9/14 六本木のクラブ「YELLOW」にて深夜25:00よりF.J.QfeaturingBIG HORNS BEEのライブを敢行、警察の手入れで途中中止。「風俗営業法」について深く考えさせられる。
9/24 FM福岡のイベント「マキナイト」にてスペシャルゲストにMARIを迎えた「MINAKO&GIRLS BROTHERS」初ステージをPRODUCE。
9/27 Fuzz Jazz Quartet featuring Big Horns Bee 市川CLUB GIO
9/30 Fuzz Jazz Quartet featuring Big Horns Bee 大宮HARTS
10/2 SADOI3200&MYU-LEN`S WEDDING PARTYを主催。2次会は六本木CLUB COREにてALL NIGHTのイベントを敢行。
10/21 ドミンゴス MAXI SINGLE「もっと素直に」PRODUCE
12/1 Fuzz Jazz Quartet featuring Big Horns Bee 名古屋ダイヤモンドホール
12/2
13/3 Fuzz Jazz Quartet featuring Big Horns Bee 神戸チキンジョーシ
゙ 12/14KICKS  六本木PITINN
12/23 Fuzz Jazz Quartet featuring Big Horns Bee『ディナーライブ』
HOTELグランパシフィックメリディアン 同時にプレゼントCDをFLASHLIGHT RECORDより発表。 12/25 Fuzz Jazz Quartet featuring Big Horns Bee 武道館(B.B&Char,)
12/31 Big Horns Bee『カウントダウンライブ』 大阪クラブクワトロ
2000年 1月発売 MINAKOミニアルバム『Hearty happy』をプロデュース
1/21 WE LOVE JB 大阪BIGCAT
3月10日 MINAKO&THE GIRLS BLOTHERSライブ 福岡マキナイト
4月発売 MINAKOミニアルバム『さくら』をプロデュース
4月〜7月 石井竜也ライブ『』に参加
6/21 MINAKO&THE GIRLS BLOTHERSライブ 福岡 GAYA
8/8 BIG HORNS BEEライヴ ON AIR EAST(ドミンゴス、水戸華之介)
10/27 GROOVE DYNASTY 国際フォーラムA
11月 Z-1シングル『BE MY LOVE』プロデュース
11月 Threes Co アルバムに参加
12月発売MINAKOミニアルバム『375』をプロデュース
12月 石井竜也ツアー『Art Nude』参加
12/10 西脇辰弥セッション 六本木PIT INN
12/29 REAL BLOOD 大阪BLUE NOTE
12/31 BIG HORNS BEE カウントダウンライブ 大阪クラブクワトロ
2001年

1月、1998年に制作 したシティーボーイズライヴ『真空報告管ピー(P)』のサウンドトラックが発売になる。(CPC8-5110)
3月『アンナ』シングル『Be with You』『I`m Lier』プロデュース。同曲挿入歌のVシネマ『デコトラ伝説』発売。
3/23FM福岡企画、フラッシュバックス フィーチャリング ウラカターズのシングル『恋NO.1GIRL』プロデュース
3月24,25 DEEP PURPLE日本公演(国際フォーラム)にホーンセクションBIGHORNSBEEで参加。感動!
4月リンダシングル『ONE SCENE』プロデュース(作詞作曲石井竜也)
同月発売リンダアルバム内の曲提供、『スキ』
4月〜フジTV火曜10時連続ドラマ『ルーキー』の劇中音楽を担当
同じく4月〜フジTV火曜深夜少年隊の番組『少年タイヤ』の音楽を担当。
7月〜フジの月9『できちゃった結婚』のサウンドトラックスを担当。同時に『早乙女タイフーン』の音楽を担当。

2002年

石井竜也アルバム『浪漫』プロデュース
石井竜也&姿月あさとマキシシングル『ムーンダンサー』プロデュース
石井竜也アルバム『シアター』プロデュース
姿木あさとアルバム『ソナタ』プロデュース

2003年

米倉利記シングル『Manhattan Newyork』をプロデュース
バンド『Sign』のマキシシングル『ボバンバ』をプロデュース
『ワンリーホン』のシングルをプロデュース
ドラマ『すいか』の音楽を担当
米倉利記の夏のツアー『Love&Peace』のサウンドプロデュース
『Sign』のインディーズ最後のマキシ『friday night fever』をプロデュース

2004年 Wang Lehon Album『Hear My Voice』
2/18 Sign 1st Single『Better Better』
中島美嘉 CONCERT TOUR 2004“LOVE”追加公演に参加
5/27.28 東京国際フォーラムA  6/1.2大阪国際会議場
6/2 Sign 2nd Single『Blue in the Wind』  6/30 Sign 1st Album『Dive E』
石井竜也Album『Nilon King』に参加。同、リリースツアー『NYLON CLUB DELUXE』にも参加。
スガシカオ夏のライブ『オーガスタキャンプ』『J-Waveイベント』に参加。
11/21 BigHornsBee8年ぶりのメジャーレコードからのアルバム『Why can't we be friends?』を発表。
Albumリリースツアー11/19モーション・ブルー・ヨコハマ、12/2神戸チキンジョージ、12/16名古屋ボトムライン
12/01 Hi-Timez Single 『Leavin' my love』ReMix
12/15 Sign 3rd MaxiSingle『WHA!WHA!TONIGHT /ゴールデンタイム』
福山雅治ツアー 『冬の大感謝祭 其の七“ボク、銀幕出身なんです。ウフッ・”』に参加。 12/19 中洲ジャズの夕べ at「TromboneClub」
2005年 石井竜也アルバム「Sketch」プロデュース。
石井竜也シングル「愛の力」アレンジ。
CityBoysLive「メンタル3兄弟の恋」のオリジナルサウンドトラックを担当。97年以来、2度目となるこの作品、同時にCDをリリース。
ダンシングチーム「BugsUnterGroove」のDVDにBHBとして曲を提供。
一青窈ライブ「夢町バンスキング〜はいらんせ〜」に参加。
黒沢薫アルバム「LoveAnthem」にアレンジで参加「WindyLove」
HighTimzアルバム「GooGooHoo」にトラックメイクとして参加。「雨」「You're my baby」「in my words〜言葉にできない〜ExclusiveGroovemix」
一青窈3rdアルバム「&」に楽曲提供。「アンモナイト」
2006年 アニメーション「練馬大根ブラザーズ」のテーマソング「マ・ジ・ヤ・バ」作、編曲。
この曲の作詞は石井竜也で、演奏は米米CLUBのリズムセクション。Ryoji,Bon,Toku,Be